蚊の研究を始めた理由は?

「なぜ蚊をやろうと思ったのですか?」

よく訊かれる質問です。

蚊が好きだからではなく、蚊が嫌いだから何とかしたくて始めたわけです。

実家の庭には、夏季にはヒトスジシマカが多く、家族がいつも刺されて、「かゆいかゆい」という

声を聞いておりました。

88〜89年、10代後半の滋賀大学時代から、既にいろんな蚊対策を試していました。

93年、京都大学4回生の時、蚊をテーマにしたいと言いましたが、農業害虫の昆虫学研究室であり、

公的には、「コナガ」をやることになりました。しかし、個人的には、蚊を採集したりするなどしておりました。

学部時代に既に、東京大学農学部教授の池庄司敏明先生に手紙を出したりしていましたし、

大学の先輩がおられた住友化学工業に見学に行ったりしていました。

京都大学修士課程においても、「コナガ」を続けていましたが、蚊の方も手を広げていきました。

長崎大学熱帯医学研究所助教授の高木正洋先生の講義を京都大学で興味深く聞いたのを思い出します。

94年春、長崎大学熱帯医学研究所の和田義人、高木正洋、津田良夫先生方を訪問、見学しました。

94年秋、神戸の日本環境動物昆虫学会にて、後に指導教官となる富山医科薬科大学助教授の上村 清

先生と出会ってます。その時に、トラフカクイカの質問をしたことを思い出します。

95年、琉球大学医学部教授の宮城一郎先生に質問し、宮城一郎先生、當間孝子先生の所に見学に

行っていました。就職活動に際し、元大阪府立公衆衛生研究所の武衛和雄先生とも出会いました。

96年、大学院修了前に、富山医科薬科大学上村 清先生、帝京大学教授栗原毅先生、池本孝哉先生の

教室を訪問。

大手殺虫剤メーカーにて、ゴキブリベイト剤の開発を担当するが、この年、上村 清先生が定年まで

あと5年とのこと、富山医科薬科大学で蚊の研究をするには、タイムリミットということで、

思い切って、12月でメーカーを退職。

97年、富山医科薬科大学医学部感染予防医学教室にて、ついに、公に、蚊の研究ができる

こととなる。環境福祉研究所佐々学先生、富山県衛生研究所渡辺護先生とも出会うことになる。

この間、産業医科大学、久留米大学、金沢医科大学、国立感染症研究所、日本環境衛生センターなども訪問、見学。

2001年春、大学院を修了するが、あと定年まで1年の上村 清先生、寄生虫学の教室と

運命をともにするため、さらにあと1年、富山に在住し、富山医科薬科大学協力研究員として、

特許事務所での仕事の傍ら、大学にて研究、実験を行う。

2002年春、ついに上村 清先生が定年退官に伴って、寄生虫学部門は解散となる。

ますます衛生動物の研究所が少なくなる中で、公的に研究できる場所はなく、

自ら害虫防除技術研究所を設立し、代表となることで、衛生動物関係の文献等を引き取り、

保存し、活用することにしました。

2003年、蚊で困っている人達を助ける思いで、有限会社モストップを設立。

既に、発生源を探し出して、蚊を減らす効果をあげています。